2007.3.8〜2007.3.9
薩摩の国へ
鹿児島神宮、(霧島神宮)、(霧島東神社)、(指宿神社)、(南方神社)、枚聞神社、新田神社、(照國神社)、(青島神社)、(鵜戸神宮)、(鹿児島県護国神社)、(南州神社)、(鶴嶺神社)

はじめに

 一の宮巡拝を始めて5年目に入った。遠距離の出張を利用して、その足でその地方の神社を訪ねたり、自動車で移動したり、一の宮中心の旅行をしたりと色々楽しみながら巡拝してきた。巡拝記を読み返すと、かなり稚拙な文章で綴られているものばかりだが、よくもまあ、続けてきたものだと関心させられる。
 さて、今回の旅も大変楽しみにしていた計画のひとつで、とうとう実行に移すことになった。
 前回の巡拝記にも記したが、小生のここ数ヶ月の業務は多忙を極めていたが、2月と3月に休みを取ることは了承を得ていた。ある程度休みを連続して取得することができるので、この3月の休暇で移動に時間を要する鹿児島県の一の宮を巡拝しようと決めたのである。
 鹿児島と言えば、焼酎、そして様々な食も楽しめそうだ。
 思い立ったが吉日というが、マイレージで予約できる期日を待って早々に、出張で貯めたマイルをはたき、ANAの羽田-鹿児島便の往復を休暇に合わせて予約した。仙台-鹿児島の直通便はないので羽田発を予約。羽田までの移動に往復で新幹線を使用しては資金的に厳しい。また、現地での時間を有効に使う為に、朝早くの鹿児島便を利用することを考えると、前泊で東京まで移動しなければならないというスケジュール面も考慮して、行きの東京までの移動は深夜バスを使用して資金と時間を節約し、帰りは疲れているであろうから新幹線を利用する計画とした。
 鹿児島での宿泊先は、いつも出張で利用している東横イングループのホテルを予約し、現地での足としてレンタカーも予約した。
 様々な本や、インターネットで下調べをし、出発の日を待つだけとなった。
 前回の巡拝旅行から2週間後に旅に出ることができる自分を幸福に思い、また、「ここのところ仕事が忙しい日が続いているので息抜きくらいせねば。」と言って送り出してくれるカミさんに感謝もした。
 しかしトラブルは起こるものだ。いつものことだが...。業務の都合で前日まで関東で作業である。可及的速やかな対応を求められており、状況的に帰仙することは難しいようだ。しかし、約束だから次の日からは休んでもよいという。
 急遽作戦を変更し、出張先から直接鹿児島に移動することになった。やれやれである。
 いや...。ふと考えて見た...。業務なのである。関東への移動の新幹線代は会社持ちということになる。カメラ等の機材をもって出張することになるので、手間と言えば手間であるが、深夜バスの移動でほぼ徹夜の状態で鹿児島入りするのと前日まで仕事をして、次の朝ホテルから空港に移動して旅立つのとどちらがよいだろうか。プラス思考で考えることにした。
 旅行前日まではしっかりと出張先で仕事をさせていただくことにした。
 ということで、未だ見ぬ鹿児島の地を思い浮かべつつ東京まで向かう新幹線と、東京から帰る新幹線の指定席も予約した。


3月5日 (まずは出張)

 出張先から旅に出ることとなるので少々心配していたのが、ノートパソコンなどの業務に関連する機材である。会社の備品であるのでなくせば始末書どころで済む話ではない。ということになると、旅行中も肌身離さず持ち歩かねばならないので落ち着かない。どうしたものかと考えていた。
 この日から関東に出張なのであるが、まずは仙台の会社に出社し、今後の業務スケジュールのすり合わせを行ったところ、12日の月曜日(旅行から戻った次の日)からも関東に出張せざるおえない状況となった。出張先で業務→休暇→出張先で業務ということになれば、出張先のデスクに懸案の機材を収め鍵をかけてしまえばよい。ひょんなことから気になっていたことが解決した。体力的には厳しい気がするが...。

 家に戻り、いつもの出張の荷物+旅行の荷物をカミさんの車に積み、カミさんに仙台駅まで送ってもらった。
 新幹線は予約していた19:26発のこまちに乗り込んだ。白石を過ぎたころから雨が降り出してきた。ホテルは新横浜駅前ではあるが、雨の中を大荷物を引きずらなければならないのかと考えると少々気が重くなった。
 東京駅近くなり、車内の電光掲示板を見ると、京浜東北線や、山の手線が止まっているとの情報が流れていた。東京駅に着き、通常であれば在来線で新横浜に移動するところなのであるが、在来線が一部止まっているようだし、荷物も多いことから東海道新幹線に乗り継ぐことにした。新横浜に着くと雨は止んでくれていたので、ホテルへの移動はぬれずに済んだ。
 ホテルにチェックインし、翌日のモーニングコールをセットしようとすると、うまくセットすることができない。フロントに連絡し、モーニングコールを頼んだ。不安なので、携帯電話のアラームも併用することにした。出発日も、万が一のことを考え、携帯電話のモーニングコールを併用することにした。

 
3月7日(出発日前日)

 仕事は案外かつかつな状態であったが出張最終日を迎えた。かなりくたくたな状態であるが、明日からの旅を考えればなんということはない。業務を終えて、ホテルに戻ることができたのは23:00近くであった。まずまずの時間であろう。以前の計画であれば、まだ深夜バスに乗り込んではいない時間である。
 明日の朝は新横浜から羽田まではリムジンバスを利用する。事前調査の結果、5:20が始発らしい。フロントで明日のチェックアウトは早いが大丈夫かを尋ねると、問題はないとのことだった。部屋に戻り、モーニングコールを4:30にセットした。また携帯電話のアラームをその後10分間隔で2サイクルセットした。
 
3月8日
 モーニングコールと共に目を覚ました。身支度を整え、チェックアウトしようとフロントを訪ねると昨晩のフロントの女性が対応してくれた。外はまだ暗いが天気はよさそうだ。といっても鹿児島の天気にはまったく関係ないのであるが、気分的に旅立つ日は晴れて欲しいものだ。新横浜のバス停に行くと既に数名がバス待ちしていた。ほぼ定刻通りにバスは到着し、乗り込むころには乗客は20名程度になっていた。席につくと直に眠りに落ち、バスがもすぐ羽田第1ターミナルに到着するという放送で目が覚めた。使用するのはANAなので第2ターミナルである。バスを降りる頃には周りは明るくなっていた。
 ターミナルに入り、すぐにチェックインし、荷物をカウンターに預け、セキュリティーチェックを受け出発便の待合ロビーに入った。
 ANAラウンジを探し、飛び込んだ。椅子に腰を下ろし、チケットを確認すると出発は9:30とある。以前立てた巡拝計画のメモを見ると8:30と書いてあった。どうやら間違ってメモしたらしい。もう1時間遅く起きても大丈夫だった計算であった。失敗失敗...。
 サービスカウンターで、鹿児島便のスーパーシートへのアップグレードは可能かを聞いてみた。期限がきれそうなアップグレード券が1枚残っていたからである。すると、空席待ちになるがよいかとのことであったが、すぐに申し込んでみた。
 出発時間近くまでこれまで立案した巡拝計画メモを確認したり、転寝をして過ごした。
 空席待ちの結果がでる時間が近付いたので、出発ゲートのカウンター前に行くと、スーパーシートの残席は1で、申し込みは数人あったようであるが、小生のグレードと申し込み順から小生に権利が付与されたようだ。朝早く空港についたことは無駄ではなかったようだ。早速手続きを行い、出発ゲートをくぐった。
 スーパーシートは快適そのものであった。おしぼり、飲み物、菓子折り(今回は松山のタルト)等のサービスを受けると眠りについてしまい、もう直鹿児島着との機内放送で目を覚ました。
 前日の睡眠の不足分は、リムジンバス内、ラウンジ、そして機内で補うことができたのでは。


鹿児島に到着

 飛行機は定刻通りに鹿児島空港に着陸した。天候は晴れ。サービスカウンターで事前に予約しておいたNipponレンタカーの場所を尋ねると、空港からレンタカー会社の送迎車があるという。教えてもらった送迎者の乗り場に向かうと、送迎車が待っていてくれた。ここから数分でNipponレンタカーに到着した。大変手際よく、丁寧に対応していただき、すぐに車を借り受けることができた。レンタカー会社の敷地内に給油所もあるので、返却の際ガソリンを満タン返ししなくても清算ができるというのも助かる。
 車はホンダのフィット。Navi、ETCも搭載されており、燃費も期待できそうである。
 早速第1の目的地である鹿児島神宮をNaviにセットし運転を開始した。
 FITに搭載されたNaviは常に地図情報を新しいものに更新するタイプのもので道に関しては信用できるものであったが、2点ほど気になった点がある。このNaviは自車位置が実際の位置よりも少々遅れて表示されるようだ。この旅では何度か指定箇所を曲がることができないといった事態が発生した。また、目的地が車の入り込めない場所にも設定されてしまうという点で、目的地に到着してみると、どん詰まりであったということも何度か発生した。

 不勉強であったのであるが、鹿児島はお茶の名産地のようで、茶畑が広がっている中を車を走らせることが多い。空港を出て、車を走らせるとすぐ、茶畑の中を走ることとなった。Naviが指定した経路は正式な経路なのであるかどうかは不明であるが、自動車が1台程度しか走行することができないような山道を走り、鹿児島神宮付近まで近付いた。

 
鹿児島神宮

 神社周りの細い道を抜けると、鹿島神宮の駐車場前に出た。
 駐車場に車を停め、境内を拝殿に向けて歩くとと、丸木を組み合わせた囲いが為されている。石段を登り拝殿前の広場に出ると、ここにも丸木を組み合わせた囲いが為されている。なんであろうと思いながら拝殿前に向かい参拝させていただいた。拝殿の天井をみると見事な絵が描かれていた。拝殿横の授与所におられた女性に拝殿の天井を撮影させていただいてよいかを尋ねると拝殿正面の神様を撮影しなければ、ストロボをたいて天井を撮影して構わないとのお話をいただいたので早速撮影させていただいた。天井は碁盤の目のように仕切られており、草花の絵が描かれている。
 撮影させていただいたお礼を述べ、御朱印をお願いすると、社務所でとのことであったので、お守りをお受けし、拝殿下の社務所に向かった。
 社務所にて御朱印をお願いすると、社務所におられた女性が小生の御朱印帳2冊を持ち、奥へ...しばし待ち、御朱印帳を受け取った。
 この時、2つ質問させていただいた。
 まず、拝殿横の社殿の案内の看板に勅旨殿、拝殿、本殿とあったのであるが、勅使殿とはどの建物であるのかを尋ねると、社殿に向かって一番手前の建物が勅旨殿、そして、先ほど草花の絵が描かれた天井を撮影させていただいた建物が拝殿、そしてその奥が本殿と説明してくださった。
 次に、境内に丸木を組んだ囲いがなされている場所があるが、これは何なのかを尋ねてみると。
 3月11日に初午祭というお祭りがあり、その時、馬を囲っておく為の柵とのお話であった。初午祭はこの神社でも大きなお祭とのことで、たくさんの参拝客が訪れるとのことであった。
             
拝殿への参道 社殿 拝殿の天井

拝殿への参道
細い丸太を組んだ囲いが準備されている。

社殿
手前から、勅使殿、拝殿、本殿

拝殿の天井
草花の画が描かれている。



霧島神宮

 鹿児島神宮駐車場でNaviに霧島神宮をセットし、車を走らせたのであるが、道路標識も整備されており、特にNaviに頼らなくても道に迷うことはなかった。酒屋の看板を見るのが楽しい。色々な銘柄の焼酎の看板がかかっている。
 また今回の旅で試してはみなかったが、様々な場所で足湯を見ることができた。
 霧島の観光案内所近くの駐車スペースに車を停め、境内に向かって歩く。参拝客はそこそこ訪れていたが、平日であったのでこれでも少ないほうであろう。
 鹿児島、特に霧島は坂本竜馬が、お竜と新婚旅行で訪れた地として有名な為か、至るところに坂本竜馬の文字を見ることができた。
 拝殿に向かい、参拝をさせていただいた後、授与所で、御朱印をお願いすると、男性の神職の方が対応して下さった。この際、授与品に霧島神宮の御朱印帳もみつけたので、こちらにもお願いしますと申し出ると、私が差し出した御朱印帳に押された後朱印を見てなのか、それとも会話から読み取ったのか、「色々な神社にお参りのようなので、もう伊勢神宮にはいかれましたよね。初めから書いてしまっても?」とのことだったのであるが、小生は伊勢神宮へは未だ参拝していないので、伊勢神宮の内宮、外宮用に2箇所あけたところに、霧島神宮の御朱印をいただくことにした。
 御朱印をお願いしている間、授与所におられた女性が話しに付き合って下さった。
 「どちらから」と聞かれたので、「仙台からです。」というと、「奥州仙台から?」と聞き返された。鹿児島にも”川内”があるのである。鹿児島の方は、川内と仙台を奥州仙台で区別しているようで、皆”奥州仙台”という表現を使われていたので、今回の旅では「どちらから?」の問には「奥州仙台から」と答えるとスムーズに話が繋がることを経験的に学んだ。
 小生は汗を拭き拭き、「こちらは暖かいですね」と話すと、「ここ何日かは冷え込んでるんですよ。」とのことで授与所の中を覗くと、いくつものストーブが炊かれていた。
 御朱印帳を受け取りお礼を述べ、また境内の写真を撮影させていただく旨を伝えて授与所を後にした。
 境内の写真を撮影させていただいていると、先ほどお話させていただいた女性に再びお会いした。
 「なかなか社殿をよく撮影できるアングルがなくて、うろついていました。不審者ではないですよ...」と笑いながら冗談まじりに言うと、「中にはいっちゃって撮ったりしたら駄目ですか?」といいながら、社殿の囲いの扉を指差された。「入って撮影しても?」と問うと、「拝殿に入らなければ問題ないですよ、どうぞ。」と囲いの中に入れて下さった。色々な写真を撮らせていただくことができた。感謝である。
             
霧島神宮へ 石段、鳥居、社殿 霧島神宮社殿

霧島神宮へ
霧島神宮に向かう。

石段、鳥居、社殿
石段の向こうに赤い鳥居、
そして奥には社殿が見える。

霧島神宮社殿
 



東霧島神社

 霧島神宮を後にし、東霧島神社を目指した、残念ながらNaviに名称から目的地にセットすることはできず、持参した地図とNaviを併用しつつ山道を車を走らせた。途中、目的地にセットは出来なかった東霧島神社の文字が現れ始めたので、その位置を目指して車を走らせた。主道から高千穂岳登山道と記された脇道に入り、細い山道を走ると、東霧島神社の駐車場に着いた。
 鳥居を潜り、山道(やまみち)を少し登ると拝殿があり、その拝殿に向かって左手には高千穂峰への登山口があった。
 参拝を終え、拝殿前の授与所を覗くが誰も居られない。参道を戻り、鳥居近くの社務所を訪ねるが、こちらにも誰も居られないが、話声が裏から聞こえてくる。社務所沿いに歩いてみると、丁度境内の整備作業が終わったところのようで、ご近所の皆さんであろうか、お茶をしながらくつろいでおられた。御朱印をいただきたい旨を申し出ると、男性の神職の方が、こちらへと、社務所に招かれた。
 「お休みのところ申し訳ございません。」というと「とんでもありません。」と大変穏やかな声でお話下さいながら応対してくださった。
 この東霧島神社は先ほど見てきたように、拝殿横が高千穂峰の登山口の一つとのことであるが、こちらの登山口は修験道に使われていたらしく、険しい山道となっているとの説明をいただいた。このような理由から、こちらの登山口はあまりお勧めはしないが、登山が好きならば、ぜひ挑戦してみて下さいとのお誘いいただいた。
 鹿児島市内に向かう途中、高千穂峰が良く見えた。機会があればぜひ登山してみたいと思った。
                  
東霧島神社鳥居 東霧島神社社殿 大法輪 高千穂峰

東霧島神社鳥居
この先、上り坂が続き、社殿がある。
この鳥居の前に社務所がある。

東霧島神社社殿
社殿に向かって左手が
高千穂峰の登山口となっている。

大法輪
東霧島神社の社紋である。

高千穂峰
 



鹿児島市内へ

桜島が見えてきた。  来た道を引き返し、霧島市内を経由して、鹿児島市内を目指した。途中桜島?(初めて見るので桜島なのかどうかわからず...)が見えた。車を停め眺め、釣りをしていた方に桜島かと尋ねてみると、怪訝そうな顔つきでそうでうなづかれた。
 途中渋滞にはあったがまずまず順調に流れたが市内に入り、かなり迷ったのでホテルの住所をNaviにセットし、18:30、鹿児島での宿となる東横イン天文館I前に到着した。
 フロントに顔を出し、車で来ている旨を告げると、近くの契約駐車場を紹介された。30m程離れた契約駐車場に車を停めた後、チェックインした。駐車場は1泊900円で、朝7:30からしか出庫できないらしく、10:00以降まで停めると追加料金となるとの説明を受けた。



天文館の夜

 まったく現地を知らず、ホテルを予約したのであるが東横イン天文館Iは繁華街の中心に位置しているといってよい。食べ物屋、飲み屋にはまったく不自由しないであろう。
 19:00にホテルを出て自分の鼻を頼りに少しぶらついてみると、「薩摩料理、一品料理 山根」という看板に引かれ、今晩お世話になる店を勝手に決めて店に入った。
 客はまだおらず、カウンターの中にはおやじさんがおられるだけで、「1人ですが?」というと、「いいからいいから」とカウンターのおやじさんが料理する正面の席に通された。「旅行?」「奥州仙台、そうかそうか」と、地元の食べ物をセレクトし、おいしい焼酎と共にご馳走して下さった。少しすると、店によく訪れるという佐賀の陶芸関係のお仕事をされている吉田さんがこられ、普段飲まないらしいのであるが、焼酎に付き合って下さった。大変このお店が気に入ってしまい、滞在中お世話になることにした。
 本日いただいたのは、お通しはイイダコにぬた、 きびなごの刺身(ぬたでいただく)、さつまあげ(甘いさつまあげは初めて食した。)、かま焼き、そして、ビールに焼酎であった。
 山根さんを出、ホテルに向かって歩くと、のり一というラーメン屋が目に入った。お腹は十分満足しているのであるが、興味で立ち寄ってみることにした。店に入ると、お茶と、沢庵が出されメニューを聞かれた。ラーメンは普通盛が300円、大盛が400円であった。普通盛とライスを注文。しめて400円。あっさり塩味で大変美味しくいただくことができた。何よりこの安さには驚かされた。
 少々飲みすぎたのか、疲れのせいか、この日はホテルに戻るとすに眠りに落ちていた。


3月9日

 酔っ払っていてもモーニングコールのセットは忘れなかったようだ。7:00のモーニングコールと共に目を覚ました。
 天候は曇り。本日は指宿方面に南下して、開門岳山麓の枚聞神社を中心とした神社に参拝し、ここから北上し、川内の新田神社に参拝して鹿児島市内に戻る計画を立てていた。
 フロント前のホールでサービスの朝食をとる。東横インといえば、朝食はサービスでおにぎり、味噌汁、コーヒーが定番であるが、味噌汁は各店舗、地方によって違うようだ。小生が出張でよく利用する東横インの味噌汁は乾燥したワカメ等の具が予め碗にもられていて、それにスープ(具なし汁のみ)を注ぐ形式であるが、今回お世話になった東横インは、形式こそ同じであるが、スープにも具がたくさん入っているのである。これは少しうれしかった。
 7:30過ぎににホテルを出発し、指宿に向かった。途中桜島を見ながらの走行である。天気がすっきりしないのが残念であったが...。
 
指宿神社

指宿神社拝殿  Naviの誘導に従い、指宿神社を目指した。主道から脇道に入ってから狭い道が続いた。車一台通るのがやっとという道も経路として示されていた。
 指宿神社に到着し、参拝後、社務所を尋ねるが、誰もおられない。境内を清掃していた方に尋ねてみたが、神職の方はでかけられているようであった。
 残念ではあったが、写真だけ撮影させていただき、御朱印はいただかず、指宿神社を後にした。


南方神社

南方神社境内  本日の目的の1つ枚聞神社に向かう途中に、もう一社立ち寄りたい南方神社があった。226号線を開門岳方面に南下し、269号線に折れた山川駅付近らしい。Naviを見ても神社のマークはない。持参した地図と、現在地をNaviで確認しつつ車を走らせ、南方神社に到着した。
 神社はひっそりと立っているという表現があっているかもしれない。境内にあった由緒書によれば、南方神社の古名は諏訪神社で、成川の総氏神として崇敬されてきたとのことで、創建は昭和初期に古文書類が消失し、詳しいことは不明であるが、500年以上に遡る由緒ある神社のようだ。
 授与所や社務所を見つけることができず、御朱印をいただくことはできなかったが、参拝をさせていただき、写真を撮影させていただいた。


枚聞神社

 枚聞神社の位置をNaviにセットして走っていると、開門岳が見えてきた。途中、開門岳の写真を撮るなどしつつ車を走らせ、10:20頃、枚聞神社の駐車場に到着した。
 駐車場から鳥居の方面を見ると、鳥居の奥に社殿が見え、その後ろに開門岳が見えた。なかなか素晴らしい風景である。この風景を写真に収め、境内に足を踏み入れた。天気がもう少しよければと少々残念に思いつつ...。
 拝殿にて参拝後、授与所で御朱印をお願いすると、授与所におられた女性が、言葉少なく、「社務所で...。」と教えて下さった。社務所に向かうと、年配の神職の方がやはり言葉少なげに対応して下さった。こちらの地方の人は無口なのかという印象を持った。
                  
開門岳 赤い鳥居 枚聞神社社殿 拝殿と開門岳

開門岳
開門岳が見えてきた。
天気が今一つなのが残念。
 

赤い鳥居
鳥居の奥に拝殿、
そしてさらに後ろには開門岳が聳える。

枚聞神社社殿
向かって正面が勅使殿
右手が西長庁、左手が左長庁
勅使殿奥が拝殿となっている。
社殿は県の有形文化財に指定されている。

拝殿と開門岳
拝殿、本殿の屋根ごしに開門岳が見えた。



新田神宮

 新田神社をNaviの目的地に設定し、枚聞神社を後にした。少し車を走らせたころ、少々お腹が空いてきた。途中コンビニで軽食をとった。その後、知覧を抜け、北上し、薩摩川内に入った。街中を走っていると大きな鳥居が目に入った。Naviの位置からしても新田神宮の鳥居である。このころには天気は晴れ、青空が広がっていた。鳥居横を抜け、参道の石段から数十メートル離れた駐車場に車を停めた。
 まずは先ほど目にした鳥居と太鼓橋を撮影しようと、来た道を歩いて戻る。鳥居を撮影していると、二の鳥居との解説が目に入った。周りを見渡しても一の鳥居を見つけることができなかった。
 ニの鳥居を抜け、太鼓橋を渡ると拝殿の石段があり、その石段を上る。その石段を上りきると1対の河童の石像があり、がらっぱ大明神と呼ばれているらしい。イザナギ河童とイザナミ河童との解説があった。まわりを見渡すと駐車スペースとなっており、ここまで車で上がってこれたようだ。拝殿はと探すが、見当たらず、急な石段がさらに続く。その石段を上りきるとすぐに新田神社の拝殿となっていた。まずは参拝させていただき、御朱印をいただこうと授与所を探すと拝殿の並びに授与所があり、女性が対応して下さった。小生は「自動車を二の鳥居近くの駐車場に停めて石段をのぼってきたのでこの通り大汗です。こちらはいつもこんなに暖かいのですか」と話すと、汗を拭いている小生を見て笑いながら、「実は自動車でこのすぐ下まで来れるんですよ...。」さらに「今日は寒いほうです。ここ二三日冷え込んでいますね...。」とのこと。「どちらからお参りですか?」とのことだったので、「違う字を書く”せんだい”から来ました。」と言うと、「奥州仙台から...」と、若い女性からも奥州仙台という言葉が出た。
 先ほど不思議に思った一の鳥居の場所を聞いて見た。すると、二の鳥居の前の道路を挟んで桜の並木道が川内川に向かって伸びているが、その端にあるという。ざっと見た感じでは視認できなかったので桜の並木道はかなり長いことが推測できた。
 さらに一つ、拝殿前のスペースが狭かったけれども、拝殿はなんとか撮影できたが、他の社殿を撮影することはできないかを相談してみると、授与所横の拝殿と繋がっている昇殿参拝者の待合室に上げていただき、そこから社殿の撮影をさせていただくことが出来た。その待合室には写真や見事な奉納品がが飾ってあった。先ほど尋ねた一の鳥居の写真や、二の鳥居に雪が積もっている写真等を見ることができた。聞くと、数年前この川内でも雪が積もったのだそうだ。
 対応いただいた女性にお礼を述べ、石段を下る。すると、境内を鶏が陽の光をあびながらのんびりと歩き回っている。飼育しているのであろうか?
 自動車に戻り鹿児島市内に向かう前に一の鳥居を見ておきたいと思った。桜の並木道の横を車で走る。予想通りかなり長い。川内川沿いまで達していた。その桜の並木道の入り口に一の鳥居が建っていた。そこからは新田神社の社殿のある小高い山しか視認できないほどであった。
                  
新田神社ニの鳥居 がらっぱ大明神 新田神社拝殿

新田神社ニの鳥居
たいこばしをわたり、
奥の小高い神亀山に
新田神社が鎮座している。

がらっぱ大明神
イザナギ河童とイザナミ河童。

新田神社拝殿
石段をのぼると、すぐに拝殿となっていた。

新田神社一の鳥居
巨大に見えた二の鳥居すら見えない。
桜並木がどこまでも続く。
桜の季節はさぞ見事であろう。



照國神社

 鹿児島市内に向かって車を走らせ、15:40過ぎに市街に入った。まだ時間があるので、市の中心にある照國神社に向かうことにし、Naviに住所から位置をセットした。
 Naviに従って走った。確かに照國神社近辺までには誘導されたが、Uターンもできない細道の突き当たりに来てしまった。何とか脱出し、照國神社の駐車場に車を停めたのは16:00頃となった。
 夕方であったので参拝客もまばらで境内の参拝者駐車場も大変空いていた。
 陽が傾き始め、柔らかい光が拝殿を照らしている。拝殿にて参拝後、授与所にて御朱印をお願いすると、拝殿をはさんで向かい側の祈祷受付でとのことであったので早速そちらに向かい、再度御朱印をお願いした。女性が対応して下さり、小生の御朱印帳を持って、かげに行かれている間、境内を撮影させていただきつつ散策した。島津公を祀られた神社であるので、島津氏、薩摩藩にまつわる事柄をまとめた年表等が展示されており、興味深く、大変楽しむことができた。御朱印帳を受け取った後、再度授与所を訪ね、お守りをお受けした。丁度参拝客もなく、授与所の女性が雑談にお付き合いくださった。
 駐車場を出る頃には、神社の方が後片付けを始めていた。
                  
照國神社大鳥居 照國神社神門 照國神社拝殿 御祭神島津公銅像

照國神社大鳥居
陽がだいぶ傾いてきた。

照國神社神門

照國神社拝殿
拝殿の後方には城山が聳える。

祭神島津公銅像
薩摩藩二十八代藩主島津斉淋公



桜島

桜島  西国の陽もだいぶ傾いていたがまだ空は青い。桜島がきれいに見ることができるのではないかとふと思った。
 照國神社からさほど離れていないので、海沿いへと思い、フェリー埠頭に行ってみることにした。
 フェリー埠頭の駐車場に車を停めようとすると、1時間まで無料とのこと。車を停め、埠頭まで歩いてみる。予想通り桜島がすっきり見えた。時を忘れただぼっと眺めた。



天文館の夜 (山根さんへ)

 ホテルの契約駐車場に車を預けホテルに戻ったのは18:00少し前。カメラや御朱印帳などの荷物を置き、さっそく山根さんに向かった。
 すると、「○○君、こんばんは。」と名前を覚えていてくださり、そして、「これ約束のものね...」と新聞紙につつんだものを手渡された。昨晩使用させていただいた、”ぐいのみ”である。昨日、「明日きたらプレゼントするよ。」と言われていたのであった。この”ぐいのみ”は、昨日知り合った佐賀の陶芸関係の仕事をされている吉田さんのところのものである。大変な記念の品となった。
 この晩は、店の常連”指宿”さんという方が鹿児島の観光コースの説明や、焼酎の楽しい話を聞かせてくださり、大変楽しいお酒となった。
 本日いただいたのは、昨日食べて大変気に入ったお通しのいいだこ、かつおの腹皮、さつまあげ、そして、生ビールと焼酎である。
 この日は"みとま"に立ち寄った。山根さんから、飲んだ後のお勧めは偶然にも昨日ふらりと入ったのり一だが、鹿児島ラーメンは豚骨であると聞いたので、山根さん近くの"みとま"に入ってみた。このお店でも座るなり、お茶と沢庵をだされた。ラーメンは豚骨であったが濃い味付けではなく、美味しくいただいた。

 ホテルに戻り、インターネットのブログに本日の様子、同じ読みの川内を訪ねたことなどを書き込み、明日持ち歩く機材や、御朱印帳を整えた。


3月10日

 7:00時に起床。朝から生憎の雨である。少々残念に思いながら朝食をとる。
 折りたたみ傘しか持ち合わせていなかったので、ホテルのフロントで大きめの傘を貸していただき、駐車場に向かった。
 今日は宮崎県の海沿い青島神社と、鵜戸神宮に参拝することにしていた。以前宮崎を訪れた際に、時間がなく参拝することができなかったからである。


青島神社

 一般道を一路東にひたすら走り、宮崎県に入り、海沿いを南下すると駐車場の呼び込みが見え始めた。Naviで青島神社の位置を確認すると、だいたいこの付近のようだ。一般の有料駐車場に車を停め、海側に向かって歩くと土産物屋が立ち並び、客引きも多い。少し歩くと、橋があり、その向こうに鳥居が見えた。
 青島は観光地のようで、多くの観光客が訪れていた。拝殿に向かい参拝後、境内をカメラをぶら下げて歩く。
 境内では面白い占い?神事?のようなものがあったので試してみた。
 天の平瓮投げ
 磐境にニ礼し、平瓮に小声で願い事を唱し、磐境に向けて平瓮を投げる。平瓮が磐境に収まれば心願成就、平瓮が割れれば開運厄袚。小生の結果は...
 もう一つは...
 夫婦ビロウに掛けられた鈴の紐に、自分の願いを5色の紐から一色を選んで結ぶと、願いが叶うというもの。
 紫:心身健全、緑:正業成就、黄:商売繁盛、桃:良縁、白:心願成就。 小生が結んだのは...。

 一通り散策後、授与所にて御朱印をいただいた。生憎の雨であり、天気がよければ風景も楽しめたことであろう。
             
青島 青島神社鳥居 青島神社拝殿

青島
曇り、小雨天気
橋を渡って青島へ...。

青島神社鳥居
青島は宮崎の観光地の一つらしく
多くの観光客が訪れていた。
人並みが途絶えたところを撮影。

青島神社拝殿
拝殿の右手に元宮への入り口がある。

             
青島神社元宮 天の平瓮投げ 夫婦ビロウに掛けられた鈴

青島神社元宮
ジャングルのような密林をぬけると
元宮がひっそりと鎮座していた。

天の平瓮投げ
小生の投げた平瓮は...

夫婦ビロウに掛けられた鈴
小生が結んだ紐の色は?
 


 青島神社から、鵜戸神宮を目指し、海沿いの道を途中、コンビニで軽食をとり、さらに南下を続けた。Naviで鵜戸神宮をセットしようとしても、名称はみつかるのであるが、セットできない。鵜戸神宮近くを目的地にセットして走行を続けると、鵜戸神宮という標識もところどころに見え始めた。


鵜戸神宮

 鵜戸神宮という大きな文字に矢印の大きな看板が見えたので、その誘導に従って細い上り坂を数分も走ったであろうか、大きな駐車場に到着した。自家用車や、観光バスが止まっている。鵜戸神宮の駐車場であることに間違いなさそうである。
 天候は曇り、小雨であったので、傘は手放せないようだ。人の流れにそって、数件の土産物屋が脇に建つ石段を上る。参道のようだ。途中鵜戸神宮まで15分といった看板があり、小雨のなかまださらに歩くのかと少々思ったが、その後、トンネルを抜け、10分も歩かずに鵜戸神宮の神門前にたどり着くことができた。
 神門をくぐり、境内を歩いていても拝殿が見えない。急に石段が海のほうへ下りている。そのまま石段を下っていくと、洞穴の中に拝殿や授与所が建てられていた。まず拝殿前に進み、参拝させていただいた後、少し拝殿の周りを歩いてみた小雨の天気なので外でも明るくはなく、さらに洞穴の中であるので撮影に苦労しそうである、というよりも、撮影自体許してもらえるのであろうか、と考えさせられるほど、神聖な場所のように感じた。授与所で、まず写真を撮影させていただいてよいかを尋ねると、かまいませんとのこと、次に暗いのでストロボを使わせていただく場合もあるという話をさせていただくと、それもよいとのお話をいただいたので早速撮影をさせていただいた。
 余談ではあるが...せっかくなので、拝殿の写真には人のいないところを撮影したかったのであるが、この日は土曜日ということもあり、なかなか人の波が絶えず、神職の方に、今お参りしている人がいなくなったらあとは空きそうですね...などと撮影のタイミングをはかってもらったりもした。
 拝殿脇の授与所にて御朱印をお願いすると、社務所にてお受けしています。と授与所におられた女性が教えて下さった。はて、授与所とは...と思っていると、別の女性が、「これからすぐに行かれますか?私もこれから社務所に行くところですので、ご案内します。」とのことで、社務所まで、この神社のお話をうかがいながら案内していただいた。
 社務所は木造の昔の学校のような建物で、御朱印の受付所のような窓口が設けられており、男性の神職の方が対応して下さっていた。御朱印帳をお渡しし、御朱印をお願いする際、もう少し散策したかったので、「後ほど取りに伺いますので。」と話すと、番号札を下さった。
 再度拝殿まで戻ったりして、境内を散策させていただいた。いろいろ面白い占いのような儀式?もみることもできた。拝殿脇の社務所で授与品を見ると、鵜戸神宮の御朱印を見つけた。この後朱印帳をお受けし、「後ほど社務所でこちらにも御朱印をお願いしますね。」と言うと、「御朱印は押してありますので、日付をいれますね。」と授与所の女性が日付を入れて下さった。
 その後、社務所を訪ね、御朱印帳を受け取り、駐車場に戻ろうとして神門方向に進むと、車(駐車場)が見える。この近くまで車で入ってくることができるのだろうか?、神門の近くに授与所があったので、そこにおられた女性に問い合わせてみると、一般の駐車場で、ここまで自動車で入ってこれるとのこと。「上の駐車場に停められたのですね。わかり難いって言われるんですよ。」とのこと。宮崎市街方面からくると、どうしても大きい看板が目につき、それに従って走行すると小生が停めた駐車場に向かうことになるが、南方面から北上して鵜戸神宮を目指すと、近くの駐車場まで入ってくることができるようだ。
 次回参拝の時には近くの駐車場を使うことにしよう(いつこれるかはわからないが...)と思いつつ授与所から10分程度、来た道を引き返し車に戻った。
             
鵜戸神宮参道入り口 鵜戸崎隧道 楼門

鵜戸神宮参道入り口
駐車場から鵜戸神宮への参道
参道横には数軒の土産物屋が並ぶ。

鵜戸崎隧道
このトンネルの手前に
本殿まで15分の掲示あり。

楼門
神門をくぐると楼門がある。
朱塗りの美しい門であるが、
天気がよろしくなく、その様子が伝わらず。
 

             
太鼓橋 鵜戸神宮拝殿 鵜戸神宮社務所

太鼓橋
千鳥橋、玉橋の2つの太鼓橋を渡り、
石段を下りると拝殿に辿りつく。

鵜戸神宮拝殿
洞穴の中に鎮座している。
拝殿横には授与所がある。.

鵜戸神宮社務所
古めかしい建物である。

御朱印はこちらでいただいた。
拝殿横の授与所におられた女性が
ここまで案内してくださった。

 
 この日の目的は達したし、天気がよろしくないので、鹿児島に戻ることにした。帰りは鵜戸神宮から南下した後、都城市から西へ向かう。途中初給油、(549.5Km:32リッター)燃費のよい車である。下道を使ってのんびり戻るつもりであったが、ドライブを楽しむという天気でもない。また渋滞の文字も見え始めたので、一部高速を使った。途中桜島SAで一休みし、薩摩吉田ICで下り、ホテルに戻った。
 
天文館の夜 (山根さんへ)

 ホテルに戻り、山根さんに向かう。「○○君、今日は天気が残念だったね。」と店に入るなり...。「今日はね、地鶏の刺身を食べていってね。」と、お勧めの料理を勧めてくださった。
 本日いただいたのは、カツオのたたき、鶏さし(地鶏)、きびなご塩焼き、さつまあげ、そして、生ビールと焼酎である。
 楽しい時間は早く過ぎるもので、あっという間に時間が過ぎてしまった。
 山根さんにはこの三日間本当にお世話になった。ぜひカミさんをつれてきたいと思う。

 山根さんを後にし、先日訪れたのり一に立ち寄り、軽くラーメンをすすり、ホテルに戻った。


3月11日(最終日)

鹿児島市内散策

 7:00に起床し、サービスの朝食をとり、お世話になったこのホテルを7:45頃にチェックアウトした。天気は昨日の雨が想像できない程、晴れた。駐車場で車を受け取り、Naviを見ると、西郷隆盛の誕生地という文字が目に入ったので、時間もあることなので、立ち寄り、そこから、西郷隆盛に会いにいく...。
 西郷隆盛像は照國神社近くに立っていた。車を照國神社付近の駐車場に停め、西郷さんにご挨拶した。その後、城山公園まで散策をとも考えたが、少々時間を要しそうであったので、車で向かうことにした。その前に、照國神社近くまできているので、参拝させていただいた。朝早かったせいか、参拝客はほとんどおらず、境内では神社の皆さんが清掃をされていた。
 城山公園に向かう途中西郷洞穴を見学した後、城山公園に到着。展望台から桜島を眺めた。その後、土産物屋を覗きながら、車に戻り鹿児島県護国神社に向かった。
                  
西郷隆盛像 照國神社再び 西郷洞穴 桜島

西郷隆盛像
最終日に西郷さんに会いに行った。
西郷さんは何かを見つめておられる。

照國神社再び
朝早く
照國神社に参拝

西郷洞穴
城山公園に向かう途中西郷洞穴に立寄る。

桜島
城山公園展望台からの眺め



鹿児島県護国神社

鹿児島県護国神社拝殿  護国神社の境内では、ボーイスカウトの活動が行われていた。また神社の隣には高校があり、この日休日ということもあってか、境内では部活動のトレーニングもされていた。
 拝殿の中では舞の練習をされている姿もあった。
 御朱印は拝殿で参拝後、社務所でいただくことができた。
 御朱印帳を見ると、下記の三井甲之氏の歌が記されており、なんともいえない気持ちになった。
 「ますらをの 悲しき命 つみかさね つみかさね守る 大和島根を」
 戦争は決して繰り返してはならい。悲劇を生むだけだと思い...。



南州神社

 護国神社参拝後、島津家の別邸 名勝仙巌園を訪ねてみようと車を走らせていると、南州公園の標識が目に入った。時間もあるので訪ねてみることにした。
 この公園内には南州墓地があり、西南戦争で戦死した2023名の薩摩将士を祀られている。鳥居があり、くぐると正面が西郷隆盛の墓所となっており、この墓地の横には南州神社が鎮座していた。
 参拝後御朱印をいただこうと、社務所を覗くがだれもおられず、近くの茶屋のおばさんに、授与所の方はと尋ねると、親切にも探して下さり、授与所にて御朱印をいただくことができた。
        
南州神社鳥居 南州神社社殿

南州神社鳥居
鳥居をくぐり、真っ直ぐ進むと
正面が西郷隆盛の墓所である。

南州神社社殿
拝殿前の授与所で御朱印をいただいた。
授与所の近くには茶屋がある。



鶴嶺神社

鶴嶺神社  仙巌園の駐車場に車を停め、仙巌園の入り口に向かう途中に、鶴嶺神社が目に入った。鶴嶺神社は島津家歴代の当主とその家族を祀る神社として、現在の照國町に創建され、後に島津家に関わりの深いこの地に遷座されたとのこと。
 授与所、社務所はなく、御朱印をいただくことはできず、参拝のみさせていただいた。



仙巌園、異人館、そして

 島図家の別邸であり、庭園の散策を楽しむことができた。もう少し遅い季節に訪ねていれば、桜を楽しむことができたであろう。
 仙巌園には土産物屋もあり、名産品も一通り揃う。仙台への土産物をここで調達した。
 仙巌園散策の後、洋式紡績所の英人技師7人の居館である異人館に訪れた。また、仙巌園の前の浜から桜島を眺めた。この旅行中、最もすっきりと見えたように感じた。桜島が見送ってくれたのであろうか。
              
仙巌園庭園 異人館 さらば桜島

仙巌園庭園
庭園からは桜島が見える。

異人館
洋式紡績所の英人技師7人の居館である。
当時では、かなりモダンな建物であったろう。

さらば桜島
桜島がすっきりと見えた。



鹿児島空港へ

霧島連峰  桜島を眺めた後、鹿児島空港に向かって車を走らせた。丁度昼食の時間である。昼食が鹿児島最後の食事となる。できれば名産の黒豚を食してみたいと思っていると、鹿児島空港近くで六八亭という看板を見つけ、その店を訪ねた。とんかつ定食を注文してみたが、さくさくとした大変おいしい黒豚を、リーズナブルなお値段で堪能することができた。
 レンタカー会社に自動車を返却。総走行距離は690Km。それなりに走ったほうかもしれない。
 鹿児島空港では、不足分の土産物を購入。空港の土産物屋も大変充実していた。
 余った時間はANAのラウンジで過ごした。ドリンクのコーナーには焼酎も用意されていたのが特色かもしれない。(残念であるが試さず...)
 写真は空港の出発ゲートから撮影したもので霧島連峰が大変よくみることができた。この写真がこの旅でのラストショットとなった。



仙台へ

 ジェット気流が云々、ゆれる云々という放送が流れたが、さほど影響もなく、また、ほぼ定刻通りに羽田空港に到着した。しかし、ターミナルへはバスでの移動を強いられ、さらに預け荷物もなかなか出てこず、結局のところ、羽田空港で多くの時間を費やすことになってしまった。
 羽田空港からはモノレールに乗り、浜松町まで移動した。以前利用した時には気がつかなかったが、快速という列車があり、途中2駅ほどしか止まらずに浜松町に到着することができた。とは言え、普通との時間差は数分程度であろうか?
 東京駅まで移動し、予約した新幹線の時間まではまだ間があったので、軽く夕食をとり、時間をつぶした。
 新幹線で仙台に向かうという移動方法は普段の出張時変わらないのであるが、旅先から帰るときはなぜか寂しい気分になるのはなぜなのであろうか。
 仙台への到着は21:42、そして、自宅へは22:00頃の到着となった。
 大変残念ではあるが、旅の余韻を楽しむ暇もなく、翌日からの出張の準備に入ることとなってしまった。

おわりに

 現在、旅から戻り、約1週間経った時点で、この巡拝記をまとめているが、印象に残ることがあまりにも多く、文章を書いている今現在も旅での出来事が思い浮かぶ。何処まで書いてもよいのかも大変悩む。小生にもっと文章力があればよいのであるが...。
 九州の最南端の地は、想像していた以上に小生の波長にあった地であった。いつになるか分からないが、再びこの地に訪れたいと思う。その際はぜひ高千穂峰への登山を、そしてまた山根さんでおいしい料理とお酒をいただきたい。そしてまた別の機会には、カミサンをこの地方に連れてきたいと思っている。



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