2005.2.18〜2005.2.20
讃岐・阿波の国へ
(滝宮天満宮)、(巌魂神社)、(金刀比羅宮)、大麻比古神社、(白鳥神社)、田村神社


 仙台から四国方面に移動しようとすると案外交通手段の選択肢が少ない(前回の宮崎への巡拝時もそうであったのであるが...)。
 高知の一の宮を巡拝した際には、東京まで深夜バスで移動し、羽田空港から飛行機を利用した。
 以前はANAの便で仙台-松山便が存在していたのであるが...。等と考えていると、JALの便が毎日ではないが、仙台-高松便を運行していることに気がついた。 JALでもANAの超割にあたるサービス、バーゲンフェアなるものがある。今回はそのサービスを使用してみることにした。
 かつて台湾に出張に行っていた際にはよくJAL系の航空会社を使用していたこともあり、マイレージの会員にはなっていたので、バーゲンフェアのメールが届いていたのであるが、好みでANAを多用していた為、JAL系航空会社の就航状況を調べることはこれまでしていなかった。JALも併用できるということになると巡拝の際の交通手段の選択肢が広がることになる。
 2月18日仙台発、2月20日仙台着で、仙台-高松便往復のチケットをおさえた。讃岐の田村神社と、阿波の大麻比古神社に合わせて金刀比羅宮も参拝したいと考えていたので、2泊を予定したのである。
 
(参考:JAL 仙台-高松便は、2005年3月をもって廃線となることが決定してしまった。)

2月16日

 出発が2日後に迫ったこの日、仙台地方は大雪となった。心穏やかではいられない。
 仙台空港の状況は、遅延や、欠航便も出ている様子。明日以降天気がもちなおすことを期待しつつ、四国の地図等を眺める。
 四国地方の週間天気予報を見ると、期間中の天気は今一つのようだ。何パターンかの巡拝コースを考えておいたほうがよさそうである。


2月18日

 7:00に起床し、窓の外を見る。仙台の天気は晴れ。しかし、天気予報によれば高松地方の天気は下り坂のようだ。
 雨の場合の計画も立てようと思案したが、金毘羅さん(金刀比羅宮)では長い石段の上らねばならず、大麻比古神社の奥宮は登山も必要となるので、雨が降った場合の代替案は結局のところ思い浮かばないままこの日を迎えてしまったのだ。
 8:00少し前、フジ丸の暖機運転を終え出発。途中朝食をとり仙台空港を目指した。愛車フジ丸をなじみの駐車場に預ける。空港までの送迎車が丁度出払っていたので、駐車場のおばちゃんと話しながら到着を待つ。飛行機の出発時刻までは時間があるので別にあわてることはない。それにしても仙台は天気がよい。
 空港に着き、JALのチケットレスチェックインは初めてであったが、問題なく終了。今回は現地ではレンタカーを利用するので荷物が多くなっても問題がない、 このようなことを考えて旅準備をしていると、いつもは少なくまとめる旅荷物も多くなってしまい、持ち込み荷物の範囲でおさまらなくなり、荷物(トランク)を預けることになった。
 少々早く飛行場に着きすぎたようだ。今回はJAL便を使用する為、ラウンジが使えない(出張にはANA系を使っていたので、ANAの会員ステータスは上がっているのでラウンジが使用できるのだが、JALは...)ので、待合ロビーでコーヒーをすすりながら時間をつぶした。
 飛行機はJAL2931便MD-81、年配のツアー客が多い。若干遅れて離陸したが、高松空港にはほぼ定刻通りの12:20頃到着た。着陸時窓から外を見ると、天気はまだもっていた(曇り)。
 預けたトランクを受け取り、空港のレンタカーカウンターを探す。今回はマツダレンタカーにお世話になる。送迎車で店舗まで送っていただき、手続きを行って車両を受け取る。車両はマツダAZ-WAGON、Navi付きである。まずはNaviに初めの目的地、滝宮天満宮をセットして12:50に出発。
 Naviとは知らない土地では大変便利なものである。まったく知らない土地であるにもかかわらず、誘導に従うだけで迷うことなく25分程度で目的地滝宮天満宮に到着してしまった。


滝宮天満宮
 
 早速拝殿前に進み、参拝をさせていただいた後、授与所を訪ね御朱印をいただいた。
 この日はこの地方もかなり寒く、授与所の中ではストーブがたかれていた。しかし、普段は暖かいのであろう、天満宮といえば梅の花、まだ2月の中旬であるにもかかわらず、このどんよりとした天気の中既に咲き誇っていた。

             
滝宮天満宮神門 滝宮天満宮拝殿

滝宮天満宮神門

滝宮天満宮拝殿
まだ冬だというのに梅の花が咲き誇っていた。

金刀比羅宮、巌魂神社(金刀比羅宮奥社)
 
 滝宮天満宮を後にし、金刀比羅宮を目指すが途中雨がポツポツと落ちてきた。道は一本道であり、迷うことなく、琴平の町に入った。前方にこんもりとした山が見えてきた。このころには雨が止んでいた。
 町では、駐車場の客引きが多い。どこに車を停めたらよいか迷うところであるが、参道近くまで進む。参道のすぐわきに、土産物屋”ももや”があり、ここで買い物をすれば、駐車場代は無料とのことであったので、どうせ土産物は購入することとなるので、このももやさんにお世話になることにした。
 この店のおばちゃんが、「杖をもっていく?」と声をかけて下さったのであるが、若いので(気だけは)断った。また、天気が怪しくなってきているので、雨が降ったら、山の上の社務所に言えば傘を貸してくださる。帰りにももやさんに預ければ社務所に返却しておいて下さる。とのお話もいただいた。
 両脇に土産物やが立ち並ぶ参道を進むと、とうとう金毘羅さんの石段(本宮まで785段、本宮から奥社まで583段、計1368段)に到達したのは14:00頃で、早速上り始める。石段の両脇には土産物やが軒を連ねる。どうやってこのような場所に建てたのであろうなどと考えつつ、色々な店を覗きながら石段を登る。石段の途中途中に、「100段」といった具合に、現在まで登った段数が表示されているのが、参拝客思いといったところであろうか。おかげで、本宮や、奥宮までの残りの石段数が予測できるので、ペース配分がしやすい。多少汗はかいたが、約20分で本宮に着いた。本宮からは、讃岐地方が一望できる。曇ってはいたが、讃岐富士も眺めることができた。
             
金毘羅さんの石段 金毘羅宮拝殿

金毘羅さんの石段
(本宮まで785段、本宮から奥社まで583段)

金刀比羅宮拝殿

 まずは本宮にてお参りを済ませ、社務所を訪ねる。社務所におられた若い女性に奥宮までの所要時間と、社務所が開いている時間を聞く。もし、奥宮参拝に時間がかかり、本宮の社務所が開いている時間内に戻ることができないようであれば、初めに金刀比羅宮の御朱印をいただいておこうと考えたからである。奥宮までは、30分位ですとのことで、この時の時間は14:35、奥宮参拝後、戻ってきてからでも十分に御朱印をいただく暇はありそうであったので、この女性に奥宮参拝後再びこの授与所を訪ね御朱印を頂く旨を伝え再び歩き出した。
 奥宮までは木々に囲まれた一本道が続く。途中参道に鎮座する神社にお参りしながら、また、先ほどまで見えていた景色が少しずつ下に見えてくるのを楽しみながらのんびりと歩くこと20分、金刀比羅宮奥宮(巌魂神社)にたどり着いた。
 さすがにここまで上ってくる参拝客は本宮に比べてめっきり少なく、数人いるだけであった。奥宮からの景色を右手に見ながら奥宮の前に進み、お参りをさせていただいた後、、授与所をのぞいてみた。しかし人の姿は見えない。途中すれ違った方に、奥宮には神職の方はおられましたか?と聞くと、気配はしたが、姿は見えなかったとの話を聞いていたのだが、授与品等は並べられていたので、すみませんと声をかけてみると、ふすまが開き、男性の神職の方が出てこられた。この方にお願いし、御朱印をいただくことができた。 
             
金刀比羅宮奥宮(巌魂神社) 讃岐富士

金刀比羅宮奥宮(巌魂神社)

讃岐富士
遠方に讃岐富士をみることができた。

 奥宮を後にし、本宮に戻ったのは15:15頃。再度拝殿にてお参りさせていただき、授与所に顔を出す。すると先ほどお話を聞かせていただいた女性がおられ、奥宮に無事お参りしてきた旨をお話し、早速御朱印をお願いすると、この女性が筆を握られた。授与所ではこんぴら犬の置物と、お守りをいただき、この女性にお礼を述べ本宮を後にした。
             
御朱印を頂く 金色のお守り

御朱印を頂く
こんぴら犬が可愛かったので撮影させていただいた。

金色のお守り

 本宮から少し下りたところで雨が降ってきた。上りで降らなかったのは幸いであった。雲行きが怪しかったので折りたたみ傘をもっていたので、傘をさしながらのんびり下る。途中境内の休憩所に寄ると、金毘羅宮の絵葉書を置いていたので購入した。その時、売り場におられたおばさんと少し話をさせていただいたところによると、ここに勤めている方は皆歩いて階段を上って出勤しているとのことで、大変ではあるけれど、おかげで足腰は大変丈夫であるとにこやかに笑われながらお話されたのが印象的であった。


ももやにて

 車を停めさせていただいた土産物屋”ももや”に戻ったのは16:35頃。早速土産物を買い込み、自宅へ送付していただくことにした。
 のんびりと店のおはちゃんとお話させていただく。
 「雨に降られちゃって。」と話すと、 「雨に降られるとご利益3倍といわれているんですよ。」とのこと
 本当かどうかはわからないが...。しかし、この地方では雨が少なく、つい最近まで水の取り合い(田んぼに水を引く為の)の争いが絶えなかった。という話を聞くと、小学校の社会の時間に溜池の話を聞いたことが思い出されると共に、ご利益3倍もあながち...と考えさせられてしまった。


高松へ

 ”ももや”のおばちゃんに別れを告げ車に乗り込む。
 この日は特に予定はなかったので、高松市内のホテルに向かうことにした。南国とはいえ、季節は未だ冬、暗くなるのは早い。高松市街に入るころには暗くなっていた。Naviの誘導に従いながら走行し、ホテルに到着したのは18:00頃であった。
 今回お世話になるホテルはオークラホテル。繁華街も近い。チェックインの後、ホテル近辺の”うどんや”地図のコピーをフロントで入手し、ホテル近くの町をうろつくことにした。


高松の夜

 雨の中、ホテルから10分位あるいたろうか、商店街に入った。この道は歩行者天国となっており、屋根がかかっているので歩きやすい。少し流し、うどんやに入ってみる。
 うどんに天ぷらや玉子等をトッピングしてみた。安く大変おいしかった。
 うどんでお腹を満たした。しかし、うどんだけでは物足りないので、地元の飲み屋さんを訪ねてみることにした。しかし、いつもの事ながら土地勘がないので、嗅覚だけを頼りにホテル近くのたま井さんに飛び込んでみた。
 年配のカップルがカウンターにおられ、その隣の席に着いた。大皿に料理がならんでおり、そこから選んでもってもらったり、もちろん注文し暖かいものも出していただける。ジョッキを注文し、マーボナスと山芋のつまみを頼み一杯引っ掛けていると、カウンターの隣の席の方が声をかけてくださった。
 お店の女将さんや、大将も加わり、高松の土地柄や、人の話、そして方言(「おとっちゃま」や「いた」)など色々な楽しいお話を聞くことができた。
 高松人の気質は、その土地以外の人をWell comeと受け入れるほうではない。というお話を伺ったのであるが、このお店では大変よくしていただいた。
 人がよく、料理や日本酒も美味しく、大変楽しい時間を過ごすことができた。
 この日、ホテルに戻ったのは23:00頃、明日に備えて休むことにした。時計のアラームは5:30にセットした。


2月19日

 5:30にセットした目覚ましがなり、一番最初に行ったのは、窓の外を見ての天気の確認。外は未だ暗かったが雨が降っていることはわかった。この日は大麻比古神社の奥宮が鎮座している大麻山の登山を考えており、難しいかもしれないと思ったがまずは予定通り阿波一の宮大麻比古神社を目指すことにした。
 高松中央ICから高松自動車道に上り、途中津田の松原SAで休憩をとり、板野ICで下りる頃には雨は上がっていた。登山は予定通りできそうだ。

 
大麻比古神社


 大麻比古神社の拝殿前にたどり着いたのは7:50分頃であった。大麻比古神社は四国八十八箇所めぐりの一番札所の近くに鎮座しているせいか、到着時間が早かったのであるが、途中にお遍路さんの姿を見かけることができた。
 まずは拝殿にお参りし、早速大麻山の登山口を目指した。大麻山の登山口は大麻比古神社の境内から向かうことができた。

             
大麻比古神社拝殿 奥宮へ

早朝の大麻比古神社
まずはお参りする。

奥宮へ
(大麻比古神社登山口へ)

 登山開始は、8:00頃。大麻山の山道は石段となっていて大変登りやすい。気温は高くないのであるが、雨が上がったばかりであったので、湿度がたかく、快適ではない。数分歩いたところで東屋のある休憩所にたどり着いた。ここからは阿波の国を見渡せた。すっきりとした天気であったのなら、もっと気持ちよく景色を楽しめたろうと、少々残念に思いながら、山道を歩き始めた。さらに少し歩くと、見晴らし台に到着した。228mとある。大麻山は538mであるので、約半分登ったことになる。中途半端に足を停めると、つらくなるので、さらに上り続け、頂上に鎮座する奥宮に到達したのは、8:50少し前のことであった。
 早速お参りし、周りを少し散策し、下山した。前述したが大麻山の登山道は石段が大変整備されているので歩きやすい。特に下りは非常に楽であった。
 御朱印を頂くために境内に戻る途中、ドイツ橋という看板を見かけたので立ち寄ってみることにした。ドイツ橋は、第一次世界大戦当時、板東俘虜収容所で捕虜として過していたドイツ兵が優れた土木技術を生かして大麻比古神社境内の丸山公園に造った橋で、日独両国民の友情の架け橋とのことであった。
 この橋を見学後、再度大麻比古神社拝殿前に進み、無事登山が終了したこと、そしてこうして健康で山歩きができたことの感謝も含め参拝の後、授与所に向かい御朱印をお願いした。
 授与所におられた若い女性に御朱印をお願いすると、小生の御朱印帳を年配の2名の神職の方に手渡し、2人で丁寧に対応して下さっている。その間、授与所におられた女性が話に付き合ってくださった。
 小生が奥宮にお参りしてきたことを話すと、時計を見られ、
 「早いですね、何時くらいから登られたのですか?」と問われたので、
 「8:00位からです。90分位で登って下りてきたことになりますね。」と答えると、「ずいぶん早いペースですね。」とのこと。
 「まだ若いですから...気だけは....。膝がわらっています。」と返すと、明るくお笑いになられた。
 そのような会話をしているうちに御朱印帳が戻ってきたようだ。お礼を述べ、大麻比古神社を後にした。
                       
見晴らし台からの眺め 奥宮 ドイツ橋

見晴らし台からの眺め 228m
曇っていたのが大変残念

奥宮(大麻山頂上 538m) ドイツ橋

 車に乗り込み、大麻比古神社を出ると、雨がパラパラと降り出してきた。登山中に降らなくてよかったと思いつつ車を走らせる。次は白鳥神社に向かうことにしていた。


白鳥神社

 
白鳥神社へは、来た道を引き返す形となる。板野ICから高松自動車道に上り、引田ICで下りる。そこから10分程度で白鳥神社に到着した。
 拝殿に進み、お参りさせていただいた後、授与所をのぞくと年配の男性の神職の方がおられ、御朱印の対応をしてくださった。
 「どちらから?」と問われたので、「仙台からです。」と答えると、
 「なぜこんな田舎に?」と大変不思議がられながら、応対してくださった。お礼を述べ、去ろうとすると、この地域を紹介したパンフレットを下さり、この地域は白鳥町であったそうだが、H15.4より、東かがわ市となったというお話をして下さった。

             
白鳥神社拝殿 白鳥神社参道

白鳥神社拝殿

白鳥神社参道
 
映画のロケ地へ

 高松といえば、市街から少し北上したところに庵治町がある。この土地は、映画「世界の中心で愛をさけぶ」のロケ地として知られており、せっかく近くまできているので、訪れてみることにした。(雨が降っているのが少々残念であったが...)
 津田東ICより高松高速道路に上り、途中、津田の松原SAで、昼食をとる。讃岐うどんに、かきあげをトッピングし、付け合せにおいなりさんと、おでんを食した。おおよそ、サービスエリアの食事などというものは...等と思っていたのであるが、大変美味しく楽しむことができた。その後、讃岐三木ICで下り、庵治町に入ったのは12:40頃であった。
 映画のロケ地何箇所かを見学した。
             
桜八幡神社宮下橋 王の下沖防波堤

桜八幡神社宮下橋

王の下沖防波堤

 詳細はここでは割愛し、またなにかの機会に...。2枚程映画のシーンで使われた場所の写真を掲載するにとどめる。


田村神社

 計画でいけば、讃岐国一の宮田村神社へは、最終日、空港に向かう途中に立ち寄る予定としていたのであるが、2日目のこの日、時間が十分あるので田村神社へ参拝することにした。
 庵治町を後にして、1時間ほど車を走らせただろうか?14:30過ぎに田村神社に到着した。

                      
田村神社拝殿 田村神社拝殿 田村神社参道

田村神社拝殿

田村神社拝殿(しめ縄) 田村神社参道


 田村神社拝殿にて参拝後、授与所に向かう。授与所におられた若い男性の神職の方が御朱印の対応をして下さった。
 その間、授与所におられた若い女性がお話に付き合って下さった。田村神社の境内には、田村神社の拝殿の横に、素婆倶羅社、宇都伎社等の末社が並んで鎮座しており、願い事に応じて、ご祈祷を受ける建物が異なるというお話を聞かせていただいた。
 若い神職の方より、御朱印帳をいただくと、なにやら袋をいただいた。(御朱印帳を2冊分お願いしたので2袋)その中には、由緒書の他に、タオルや、旅行安全のお守り(もう一袋には交通安全のお守り)が収められていた。ご対応いただいた、神職の方と、お話をお聞かせいただいた女性にお礼を述べ、田村神社を後にした。


ホテルにて
 
 今回の旅の目的は達成されたことと、疲れは溜まっていなかったが、初日と、この日でかなりの運動を行なっていたので大事をとり、この日はホテルに戻りのんびりすることにした。
 17:00前にはオークラホテルに着き、カメラの整備や、シャワーを浴びる等、自室でのんびりと過す。18:00過ぎ、お腹もすいてきたので、夕食をとることにした。出来ることならば、初日にお世話になった”たま井”さんでのんびりとしたいところであったが、土日はお休みとのお話を聞いていたので、この日はホテルで食事をとることにした。夕食はビュッフェ形式で、生ビールも注文し、のんびりと食事をとった。値段も安く、大変楽しむことができた。
 19:30過ぎ、自室に戻り、のんびりくつろぐ。初日と、この日とかなり歩きまわったのであるが、これといって疲れは溜まっていない。(大麻比古神社では膝がわらっており、神社の若い女性には笑われはしたが...)日ごろのスポーツジムでの運動がこのようなところに効いているのかもしれない。今回の旅を通して、立山、金華山登山の時のように膝がきつくなることは無かった。とは言え、疲れていたのであろう、いつのまにか眠りに落ちていた。


2月20日 帰路

 
最終日はのんびり起き、直接空港に向かう。途中ガソリンを入れ距離計を見ると、約240Kmの走行であった。マツダレンタカーに車を返却し、高松空港についたのは10:20頃。チェックインを済ませ、トランクを預けた後、のんびり土産物屋を覗いて歩いた。11:00過ぎ、空港内のさぬき麺業という、うどん屋で、天おろしうどんを食した。この旅では結局3食うどんを食べたことになったが、どれも美味しかった。
 飛行機JAL2932は定刻通りに離陸し、ほぼ時間通り仙台空港に横着した。預けた荷物を受け取り、外に出ると、駐車場の送迎車が待っていてくれたので、その車で駐車場へ向かい、フジ丸を受け取る。のんびり運転し、自宅への到着は16:00頃となった。

 今回の旅ではかなり歩いたので、体力を使ったはずなのであるが、疲れがなく、時間が大変ゆっくりと流れていたように感じた。雨に降られたのは残念であったが、絶対に降ってほしくない局面では止んでいるという不思議なほどの運もあった。そして、美味しい食も堪能し、趣味の山歩きも行え、なによりも大変のんびりとした貴重な時間を過ごすことができた。


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